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奈良地方裁判所葛城支部 平成11年(ワ)388号 判決 2000年7月04日

原告

甲野春男

甲野夏子

右両名訴訟代理人弁護士

石川量堂

被告

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

楠眞佐雄

本郷誠

同右訴訟復代理人弁護士

田中正和

被告

株式会社ユーイング

右代表者代表取締役

落合直道

右訴訟代理人弁護士

南川博茂

主文

一  被告乙川太郎は原告甲野春男に対し、二〇六一万九三〇四円及びこれに対する平成八年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙川太郎は原告甲野夏子に対し、三七四六万八二九九円及びこれに対する平成八年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告株式会社ユーイングに対する請求及び被告乙川太郎に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告乙川太郎に生じた費用の合計を二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告乙川太郎の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告株式会社ユーイングに生じた費用は原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは原告甲野春男に対し、各自三九六二万〇八〇四円及びこれに対する平成八年一二月二八日(交通事故の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告甲野夏子に対し、各自九〇三九万六一一二円及びこれに対する平成八年一二月二八日(交通事故の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われている交差点において、右折可の青色矢印信号に従って右折した自動車と赤信号を無視して直進した対向自動車との衝突に関する、人的損害の賠償請求の事案である。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成八年一二月二八日午後一〇時二〇分頃

(二) 場所 奈良県香芝真美三丁目一〇番一号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(登録番号・奈良<番号省略>、以下「加害車」という。)

右運転者 被告乙川太郎(以下「被告乙川」という。)

(四) 被害車両 普通乗用自動車(登録番号・奈良<番号省略>、以下「被害車」という。)

右運転者 原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)

右同乗車 助手席に亡甲野秋子(以下「亡秋子」という。)

(五) 態様 被害車が信号機により交通整理の行われている本件交差点を右折可の青色矢印信号に従って右折しようとしていたところ、赤信号を無視して本件交差点を時速約七〇キロメートルで対向直進してきた加害車がその前部を被害車の左側部に衝突させた。

(被告乙川関係では争いがなく、被告株式会社ユーイング(以下「被告会社」という。)関係では弁論の全趣旨)

2  亡秋子の死亡と原告夏子の受傷

(一) 亡秋子は、本件事故により、多発外傷の傷害を負い、平成八年一二月二九日午前四時二〇分頃、右傷害により死亡した。

(二) 原告夏子は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、遷延性意識障害、前額部切創、左坐骨骨折、左大腿骨骨折、左尺骨骨折、左肋骨骨折、左肺挫傷、外傷性ショック貧血等の傷害を負った。

(被告乙川関係では争いがなく、被告会社関係では弁論の全趣旨)

3  被告乙川の責任

被告乙川は、本件事故当時、自己所有の加害車を運転して本件交差点に差しかかった際、進路前方の対面信号機は既に赤色を表示していたのであるから、直ちに停止すべき注意義務があるのに、これを怠り、右信号を無視して本件交差点を西方から東方に直進しようとしたため、折から右折可の青色矢印信号に従い本件交差点を右折しようとしていた被害車左側部に加害車前部を衝突させ、本件事故を惹起したのである。

従って、被告乙川は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により、原告夏子及び亡秋子が被った損害を賠償する責任がある。

(被告乙川関係で争いがない)

4  相続関係

亡秋子には、配偶者及び子はいないから、同人の死亡により、その父母である原告ら両名が、各二分の一の割合で、亡秋子の権利義務を相続した。

(弁論の全趣旨)

5  損害の填補

(一) 亡秋子関係

原告らは、亡秋子関係で、自賠責保険から二九〇〇万三〇〇〇円の支払を受けたほか、同人の治療費等として合計三一五万五三八七円の支払を受けた。

(二) 原告夏子関係

原告夏子は、同原告関係で、合計九一九万一〇〇八円の支払を受けた。

(被告乙川関係では争いがなく、被告会社関係では弁論の全趣旨)

二  争点

1  損害額

(一) 原告らの主張

(1) 亡秋子関係の損害額

ア 亡秋子の損害額

① 治療費等入院関係費

九五万五三八七円

② 逸失利益

四四四四万一六〇八円

亡秋子は、本件事故当時、一四歳(昭和五七年八月一九日生)の健康な女子中学生であったから、本件事故に遭わなければ、満一八歳から満六七歳まで四八年間就労可能であったから、平成八年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の全労働者平均賃金の年間収入四九五万五三〇〇円を基礎とし、生活費控除率を四割として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して計算する。

なお、就労前の女子の逸失利益について、女子の平均賃金を基礎に算定することは、法の下の平等に反する不合理な差別を容認することになり、ひいてはかけがえのない娘の命の尊厳を傷つけることになるので、許されない。

4,955,300×(1−0.4)×14.9475≒44,441,608

③ 慰謝料 二〇〇〇万円

イ 原告甲野春男(以下「原告春男」という。)の損害額

① 葬儀費用 一五〇万円

② 固有の慰謝料 五〇〇万円

亡秋子が将来への希望に満ちあふれた一四歳の女子中学生であったこと、本件事故は、被告乙川の赤信号無視かつ二〇キロメートル超過の速度違反という無謀運転が原因であること、被告乙川は事故後もしばらく赤信号無視を明確に認めなかったため、原告らは目撃証人探しに奔走せざるを得なかったこと、事故後も慰謝の措置をほとんどとっていないことからすれば、原告春男固有の慰謝料として五〇〇万円が相当である。

③ 弁護士費用 二〇〇万円

ウ 原告夏子の損害額

① 固有の慰謝料 五〇〇万円

右(2)イと同様に、原告夏子固有の慰謝料として五〇〇万円が相当である。

② 弁護士費用 二〇〇万円

(2) 原告夏子関係の損害額

ア 治療関係費

七五七万二五九五円

イ 入院雑費 一八万八五〇〇円

一日あたり一三〇〇円として一四五日分

ウ 入院付添費 七九万七五〇〇円

一日あたり五五〇〇円として一四五日分

エ 通院交通費 四一万四〇一四円

オ 装具費 二七万五四一三円

カ 休業損害 七二六万八六一二円

原告夏子は、本件事故当時、家庭の主婦として家事に従事するかたわら、有限会社甲野写真製版の取締役として稼動していたが、事故日から症状の固定する平成一〇年一二月三日頃まで七一七日間休業を余儀なくされた。

平成八年度賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の四〇歳から四四歳の年間給与額三七〇万〇二〇〇円を基礎として計算する。

3,700,200÷365×717≒7,268,612

キ 逸失利益

二七九四万九六八二円

原告夏子は、症状固定後も、左手で重いものが持てない、左膝が十分に曲がらず正座、横座りができない、屋外では杖がないと歩けず、杖がないと左股関節等の疼痛が出る等の後遺障害、前頭部に七センチメートル及び三センチメートルの瘢痕拘縮(七級一二号)、左腕及び左大腿部に一一センチメートル、一六センチメートルの手術痕(一四級五号)の後遺障害を残しており、これらの後遺障害により五六パーセントの労働能力を喪失した。

原告夏子は、症状固定時満四四歳であり、満六七歳まで二三年間、五六パーセントの労働能力を喪失したので、前記の収入を基礎に、ライプニッツ方式により中間利息を控除して計算する。

3,700,200×0.56×13.4885÷27,949,682

ク 慰謝料 一五〇〇万円

入通院慰謝料及び後遺症慰謝料の合計

ケ 弁護士費用 二〇〇万円

(二) 被告乙川の主張

(1) 亡秋子関係の損害額

ア 逸失利益

亡秋子は、女子であるから、女子労働者の平均賃金を基礎にするべきであり、生活費控除率も五割が相当である。

イ 慰謝料及び葬儀費用

固有の慰謝料を含め三〇〇〇万円の慰謝料、一五〇万円の葬儀費用は高額すぎる。

(2) 原告夏子関係の損害額

ア 休業損害

基礎収入は相当程度減額されるべきであり、休業相当期間も圧縮されるべきである。

イ 逸失利益

後遺障害として認定されているのは醜状痕だけであるから、労働能力喪失に結びつくものではない。

ウ 慰謝料

高額すぎる。

2  被告会社の責任

(一) 原告らの主張

被告乙川は、本件事故当時、被告会社の従業員として、オートカルザ大和高田店に勤務し、本件事故の約一五分前に同店での勤務を終え、加害車で帰宅する途中本件事故を惹起したものであり、被告会社は、被告乙川が平成五年一二月頃から加害車を常時利用して同店に通勤することを認容し、同店の駐車場を利用させていた。

従って、被告会社は、本件事故につき、民法七一五条の使用者責任に基づき、亡秋子及び原告夏子が被った損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社の主張

被告会社は、被告乙川が電車通勤することを前提に通勤手当を支給しており、同被告が加害車を運転して通勤することを勧奨はもちろん了承していない。

従って、被告乙川の本件事故における加害車の運転行為は、被告会社の「事業の執行につき」されたものではなく、被告会社は使用者責任を負わない。

3  過失相殺

(一) 被告乙川の主張

事故状況からすれば、原告夏子が右折発進しようとして加害車を見た時には同車がかなり接近していたと考えられ、同地点からは対向車線の見通しがよくきくのであるから、原告夏子がこのような状況下で右折発進したことには安全運転義務違反(道路交通法七〇条)の過失がある。

また、原告夏子も亡秋子もシートベルトを装着していなかった。

以上によれば、原告夏子の関係でも亡秋子の関係でも、二〇ないし三〇パーセントの過失相殺がされるべきである。

(二) 原告らの主張

事故状況からすれば、原告夏子の対面信号が右折可の青色信号に変わった時点では、加害車は衝突地点から六〇メートルほど手前にいたと考えられ、原告夏子が右折発進したことにはなんらの過失はない。

シートベルトの装着の有無は不明であるが、亡秋子に関しては、装着していても死亡の結果に影響はないと考えられる。

第三  当裁判所の判断

一  損害額について

1  亡秋子関係の損害額

(一) 亡秋子の損害額

(1) 治療費等入院関係費

九五万五三八七円

証拠(甲五)によれば、亡秋子は、本件事故による受傷により、奈良県立大学附属病院に入院し、治療費等入院関係費として九五万五三八七円を要し、同額の損害を被ったことが認められる。

(2) 逸失利益

四四四四万一六〇八円

年少者の逸失利益については、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観性のある額を算定すべきである。

ところで、現在のところ、我が国においては、男女の平均賃金に厳然とした差が存在することは事実であり、裁判実務上、年少者の逸失利益の算定にあたっては、男女別の平均賃金を基礎にするのが一般である。

しかしながら、現に稼動している者の間で賃金格差があることとは異なり、年少者の逸失利益の算定結果に男女間で差異が生じることは、まさに、性別で年少者の未知の発展可能性に差異を設けて、一方的に差別することを意味するものであり、妥当とはいえない。

今日、雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法の各施行や労働基準法の女性保護規定の撤廃などにより、女性にとっても、男性と同じ仕事、男性と同じだけ就労できる選択肢が与えられるようになっていることは周知の事実であることからすれば、将来の収入の蓋然性として、少なくとも中学生までの女子の逸失利益の算定にあたっては、特段の事情のない限り、男子を含む全労働者の全年齢平均賃金を用いることが女子労働者の全年齢平均賃金を用いるより合理性を有するものと考えられる。なお、最高裁判所昭和六一年一一月四日判決・判例時報一二一六号七四頁は、満一歳の女児の逸失利益を女子労働者の全年齢平均賃金額を基準として算定しても不合理ではないと判示しているが、右は一般論として、女子年少者の逸失利益の算定にあたって全労働者平均賃金を基礎収入に用いることを否定した内容のものではないから、前記のような考え方も、右最高裁判所の判例に抵触するものではないものと解される。

これを本件についてみるに、証拠(甲二三、原告春男本人)によれば、亡秋子は、本件事故当時満一四歳の健康な女子中学生であったこと、将来は保母の職を希望して大学進学も目指していたことが認められるから、右特段の事情があるとはいえず、亡秋子の逸失利益算定にあたっての基礎収入としては、事故年である平成八年度の賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計の全労働者の平均賃金の年収四九五万五三〇〇円をもって相当と認める。

そして、生活費控除率としては、前記の事情からすれば、原告ら主張の四〇パーセントと認めるのが相当であるから、満一八歳から満六七歳まで就労が可能であるとして、ライプニッツ方式により中間利息を控除して計算すると、次の計算式のとおり、四四四四万一六〇八円(円未満切捨て)となる。

4,955,300×(1−0.4)×14.9475≒44,441,608

(3) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、亡秋子の受傷部位・程度、死亡までの期間、同人の年齢等本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、亡秋子及び原告ら両名の受けた精神的苦痛を慰謝するには、合計二二〇〇万円(原告ら固有の慰謝料を含む。)が相当である。なお、被告乙川が本件事故状況につき、自ら自己の対面信号が黄色であったなどと主張して責任回避の態度を示していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

(二) 原告春男の損害額

(1) 葬儀費用 一二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告春男は亡秋子の葬儀を執行し、一二〇万円の費用を要したものと推認できる。右以上の金額は、本件事故と相当因果関係を認めることはできない。

(2) 固有の慰謝料

前記のとおり、原告ら両名の固有の慰謝料は、亡秋子の慰謝料とあわせて二二〇〇万円と認めるのが相当である。

(三) 原告夏子の損害額

前記のとおり、原告ら両名の固有の慰謝料は、亡秋子の慰謝料とあわせて二二〇〇万円と認めるのが相当である。

(四) 合計

以上亡秋子関係の損害額合計は、六七三九万六九九五円であり、他に原告春男は葬儀費用一二〇万円の損害を被っていることになる。

2  原告夏子関係の損害額

前提事実(甲八の一ないし三、九の一ないし一五、一〇、一一の一ないし三、一二の一ないし一五、一三の一・二、一四ないし一六、二四、原告夏子本人によりこれを認める。)

原告夏子(昭和二九年一一月二二日生)は、本件事故により、前記の傷害を負い、平成八年一二月二八日(事故日)から平成九年三月二六日までは(入院日数八九日間)医療法人青心会郡山青藍病院で、同日から同年五月一〇日まで(入院日数四六日間)及び平成一〇年七月一六日から同月二六日までは(入院日数一一日間)医療法人誠洋会香芝旭ヶ丘病院で、それぞれ入院治療を受けた。

原告夏子は、平成九年五月一一日から平成一〇年一二月三日までの五六一日間(但し、平成一〇年七月一六日から同月二六日までの入院日数を除く。実通院日数は三九日)、右香芝旭ヶ丘病院において通院治療を受け、また平成九年八月二六日から平成一〇年一二月七日までの四六九日間(実通院日数一二日)、財団法人天理よろず相談所病院において前額部瘢痕拘縮について通院治療を受けた。

原告夏子は、右の間、入院当初輸血を受けたほか、入院中の平成九年一月一七日に大腿につき骨折観血的手術、同月二三日に肋骨骨折固定術、同月二七日、前腕につき骨折観血的手術などの治療を受け、平成一〇年七月一六日からの入院期間中に左大腿骨、左尺骨の抜釘術を受けている。

原告夏子の症状は、平成一〇年一二月七日頃までに固定したが、顔面部(前額部)に七センチメートル及び三センチメートルの瘢痕拘縮が、左腕及び左大腿部に一一センチメートル、一六センチメートルの手術痕が後遺傷害として残存し、前者は、自動車保険料率算定会損害調査事務所により自賠法施行令二条別表後遺傷害別等級表七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残す。)、後者は同表一四級五号(下肢の露出面に手のひら大の醜状を残す。)にそれぞれ該当し、併合七級一二号に相当する旨の認定を受けている。

原告夏子は、本件事故前、夫である原告春男の経営する有限会社甲野写真製版の業務を手伝うと共に、家事・育児に従事していた。

原告夏子は、本件事故後、入院中はもちろん、退院後も平成九年一〇月頃に左大腿部の小さな装具をとるまでは家事も全くすることができず、その頃から洗濯や食事の準備等一部の家事を開始したが、左足に力が入れられないため平成一〇年一二月三日に左大腿骨等の関係で症状固定の診断を受けるまでは不十分な家事しかできなかった。なお、原告春男は、平成一一年九月頃、有限会社甲野写真製版の仕事を辞めたため、原告夏子は本件事故後、右会社の業務に従事したことはなく、現在は家事に従事している。

(一) 治療関係費

七五七万二五九五円

前掲各証拠によれば、原告夏子は、郡山青藍病院の入通院治療費等として五三一万五六七〇円、香芝旭ヶ丘病院の入通院治療費等として二〇二万七九五五円、天理よろず相談所病院の通院治療費等として二二万八九七〇円、総合計七五七万二五九五円を要し、同額の損害を被ったことが認められる。

(二) 入院雑費

一八万五八〇〇円

一日につき一三〇〇円を要したものと推認できるから、一四五日間で、一八万八五〇〇円となる。

(三) 入院付添費 〇円

証拠(原告夏子)によれば、原告夏子の入院した香芝旭ヶ丘病院は完全看護体制が採られていることが認められ、他に医師の指示等付添看護を要した特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない。

(四) 通院交通費

四一万四〇一四円

証拠(甲一八の一・二)によれば、原告夏子は、通院交通費として少なくとも四一万四〇一四円を要したことが認められる。

(五) 装具費 二七万五四三一円

証拠(甲一八の一・二、二二の一ないし七)によれば、原告夏子は、本件事故による傷害のために装具の装着を必要とし、その費用として二七万五四三一円を要したことが認められる。

(六) 休業損害

五〇三万八三五三円

前記の原告夏子の本件事故前の稼動状況からすれば、原告夏子は、平成八年度賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の四〇歳ないし四四歳の年間給与額三七〇万〇二〇〇円を得られたものと推認できるところ、前記症状の経過、通院状況、治療内容に、原告夏子が従事していた仕事の内容等を考慮すると、入院期間一四五日間と平成九年末日までの合計二八八日間は一〇〇パーセントの、同年一〇月一日から平成一〇年一二月三日の症状固定(但し、平成一〇年七月一六日から同月二六日までの入院期間を除く。)までの四一八日間は平均して五〇パーセントのそれぞれ制限があったものとして算定するのが相当である。

そうすると、次の計算式のとおり、原告夏子の逸失利益は五〇三万八三五三円(円未満切捨て)となる。

3,700,200÷365×288+288+3,700,200÷365×418×0.5≒5,038,353

(七) 逸失利益 〇円

前記のとおりの醜状痕の部位・程度(顔面の醜状痕は髪型により、他の醜状痕は衣服により、いずれもほとんど隠れる位置にある。)、原告夏子の年齢、職業(既婚の主婦)などを考え併せると、本件醜状痕によって将来の労働能力に影響を与えるものであると認めるのは困難であり、独立の逸失利益を認めることはできない。右醜状痕によって被る不利益は慰謝料算定にあたって補完的に斟酌するのが相当である。

なお、原告夏子は、左膝の症状なども後遺障害と主張しているが、右症状は自動車保険料率算定会損害調査事務所により後遺障害に認定されておらず、他に右症状を後遺障害と認めるに足りる的確な証拠はない。

(八) 慰謝料 一五〇〇万円

原告夏子が本件事故により被った傷害の程度、入通院治療の内容、経過、その期間、後遺障害の程度その他の諸般の事情に鑑みれば、原告夏子の慰謝料は一五〇〇万円が相当である。

(九) 合計

以上原告夏子関係の損害額は合計二八四八万八八九三円となる。

二  被告会社の責任について

証拠(丙一の一・二、二、六、証人串本拓、被告乙川本人)によれば、被告乙川は、平成四年三月頃から被告会社の経営するオートカルザ大和高田店に勤務していること、被告乙川の業務内容は、主にピットにおいてのオイル交換やタイヤ交換などであって、その業務につき特段自動車を必要とすることはないこと、被告乙川は、前記店舗に通勤する際、自家用車(加害車)で通勤し、店舗敷地内の駐車場に駐車していたが、通勤手当については、勤務当初から本件事故当時まで電車(JR)通勤を前提にした三か月定期の料金が支給されていたこと、本件事故は、被告乙川が勤務先の前記店舗からの帰宅途上(当日はガソリン給油のために通常の通勤経路とは違う経路を走行したため、本件交差点を通過することになった。)に惹起したものであることが認められる。

右事実によれば、被告会社は、従業員の自家用車による通勤を事実上黙認していたにすぎず、同社の業務に使用したり、自家用者による通勤を指示、奨励したこともなく、被告乙川は自己の個人的な便宜のため通勤に加害車を使用したものであると認められる。

そうすると、被告乙川は、被告会社の事業の執行につき本件事故を惹起したものということはできず、被告会社は、本件事故につき使用者責任を負うべきものと認めることはできない。なお、付言するに、証拠(丙三)によれば、被告乙川は、加害車に関して対人無制限の任意保険に加入していたことが認められるから、被告会社の責任が否定されたからといって、特段の財産的損害を被るものではない。

三  過失相殺について

証拠(甲一、二の一ないし一七、一九の一ないし三、二〇、二一の一ないし七、二五、被告乙川本人、原告夏子本人)によれば、本件事故現場は、別紙図面のとおり、交通普通の市街地にあり、ほぼ南北に通じる道路と東西に通じる道路との信号機により交通整理の行われている本件交差点上にあること、本件交差点付近は、暗く、右各道路の加害車及び被害車からの前方の見通しは良かったが、左右の見通しはいずれも悪かったこと、右各道路は、いずれもアスファルト舗装されており、大和高田市方面へ下り一〇〇分の2.5の勾配があり、本件事故当時の天候は曇りであり、路面は乾燥していたこと、本件交差点付近は、最高速度等の交通規制は特段されていないこと、本件事故当時、被告乙川は同図面ほぼ東西に通じる道路を①、②、③、④、⑤と順次進行し、原告夏子は同道路を、、と順次進行したことが認められる。

前記のとおり、本件事故は、被告乙川が自己の対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して本件交差点に進入したことによって発生したものである。

そして、交差点通行時に信号に従うべきは自動車運転者にとって絶対ともいうべき基本的な交通法規上の義務であって、本件のように右折可の青色矢印信号に従って交差点に進入しようとする者も、特段の事情のない限り、対向車線を信号を無視して直進進入してくる車両のあることまで予測して運転すべき注意義務を負うものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前掲各証拠によれば、原告夏子は、本件交差点中央部において、右折待ちのため待機した後、対面信号が右折可の青色矢印信号に変わったのを確認してゆっくり右折を開始したこと、その際特段接近する対向車両等の危険は感じていないこと、被告乙川は、本件事故に関し、刑事裁判において、自己の全面的な過失を認め、原告夏子側の過失など全く主張していないこと、刑事裁判においては、検察官も原告夏子には全く過失がないという前提で、論告を行い、被告乙川に対して禁固一年六月の求刑をしており、判決においても、同被告は、禁固一年の実刑判決を受け、同被告の控訴・上告はいずれも棄却されていること、被告乙川は、対面信号が赤色になってから本件交差点に進入したことは終始認めているものの、どの地点で黄色信号になり、どの地点で赤信号になったのを知ったかについては、刑事事件の供述調書においても変遷が認められ、当公判廷においても曖昧な供述を繰り返していて判然とせず、刑事事件においてもその点は争点となっていないため、被告乙川の刑事記録だけから、原告夏子が右折を開始した時点での加害車の位置関係を断定するのは困難であること、原告夏子に後続して右折しようとしていた車両運転者(田中真紀)の供述では、原告夏子が右折を開始した時点で、既に停止していた対向車両が存在すること、本件事故当時、本件交差点付近にいた目撃者(本田朱寿美)の供述によれば、加害車は対面信号が黄色になった時点で、衝突地点手前約一一八メートル付近を走行していたのであるから、信号周期や加害車の速度(時速約七〇キロメートル)から計算すれば、原告ら主張のとおり、加害車の対面信号が赤色になった時点で、本件交差点より約六〇メートル手前を走行していた可能性もあることが認められる。

右事実によれば、原告夏子が前方を注視していれば、直進車(加害車)の速度から見て進入を認識し得たとまで認めることはできず、加害車が停止するであろうと信じたとしてもやむを得ないものと考えられるから、右特段の事情があるとは認め難く、原告夏子には本件事故に関して過失を認めることはできない。

ところで、証拠(原告夏子本人)によれば、本件事故当時、原告夏子及び亡秋子はいずれもシートベルトを装着していなかったことが認められるところ、証拠(乙一)によれば、亡秋子に関しては、シートベルトを装着していても、ほとんどその効果はなかったと認められるものの、原告夏子に関しては、その受傷部位、程度からしてシートベルトを装着していればもっと軽い怪我で済んだ可能性が高いと認められる。

右事実によれば、被告乙川が赤信号で本件交差点に進入したことを考慮しても、公平の観点から、原告夏子に関しては一割の限度で過失相殺を行うのが相当である。

四  過失相殺後の損害額について

原告夏子関係の損害額二八四八万八八九三円からその一割を控除すると、二五六四万〇〇〇三円(円未満切捨て)が原告夏子の過失相殺後の損害額となる。

亡秋子関係の損害額に関しては、前記のとおり、過失相殺すべき事情は窺えないから、前記六七三九万六九九五円と葬儀費用一二〇万円がそのまま被告乙川の負担すべき損害額となる。

五  損害の填補と原告らの相続について

前記争いのない事実等記載のとおり、亡秋子関係では、三二一五万八三八七円、原告夏子関係では、九一九万一〇〇八円のそれぞれ損害の填補がされているので、これを前記損害額に充当すると、亡秋子関係の損害額は三五二三万八六〇八円と原告春男の葬儀費用一二〇万円、原告夏子の損害額は一六四四万八九九五円となる。

そして、このうち、亡秋子関係の三五二三万八六〇八円については、原告らが各二分の一の割合で相続したから、亡秋子関係の原告らの被告乙川に請求できる損害額は、原告夏子が一七六一万九三〇四円、原告春男はこれに一二〇万円を加えた一八八一万九三〇四円となる。

従って、結局、原告夏子は、自己の損害額一六四四万八九九五円と右亡秋子関係の相続分一七六一万九三〇四円の合計三四〇六万八二九九円、原告春男は、右一八八一万九三〇四円が認容額となる。

六  弁護士費用について

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告夏子が三四〇万円、原告春男が一八〇万円をもって相当と認める。

七  結論

以上によれば、原告らの被告乙川に対する本訴請求は主文の限度でいずれも理由があるが、被告会社に対する請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官・神山隆一)

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